運命

先週日曜日、ロサンゼルスは土砂降りの雨だった。自動車王国のロサンゼルスだが、一年中を通じて晴れの日が多く、住民の多くは雨の中での運転にはあまり慣れていない。忙しく左右に動くワイパーも間に合わないほどの大雨が一人の若者の命を奪った。

ギャレット・オオグシはまだ二十四歳の日系三世の若者だった。近所でも評判の明るく、元気な若者だった。カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の大学院でフィジカル・セラピーを学ぶ一方、経験を積むために近くのクリニックで働いていた。

大学院卒業後は更にフィジカル・セラピーの分野で全米的に知られる博士課程に進むことを目指していた。理解のある両親や仲の良い妹や弟にも恵まれ、将来を期待されながら、何の不安もない日々を送っていた。彼の前途は洋々だった。

その彼が轢き逃げ事件の犠牲者となった。ロングビーチから彼の住むトーランス市を走る高速405号線を彼は走っていた。同じクリニックで働く同僚の女性が財布を忘れ、親切な彼が車で一緒に取りに行き、戻る道すがらだった。友達甲斐のある、誰にも好かれる人間だった。

片道三車線ある高速道路の一番センター寄りをいつもよりは少しスピードを落とし気味に走っていた彼のワイパーの先に車が一台エンコして止まっていた。警告の黄色いランプは点いていなかった。急ブレーキをかけたものの、間に合わず、ぶつかった。

高速道路の真ん中で止まっているなどは考えられない。それでも思ったよりは衝撃は少なくて済んだ。彼は車を降りると止まっている車の確認と自分の車のへこみを確認しようとした。そこに後続の車が突っ込んで来て、彼は数メートル飛ばされ、即死した。

彼をはねた車はどしゃぶりの雨の中をそのまま走り去った。しかしその後しばらく経って捜査にあたったハイウェイパトロールは高速道路を降りた比較的近くの場所でそれらしい車と中にいた二人の人間を逮捕した。車はベンツで、中の二人も身なりの良い男女だった。

何という運命だろうか。前途有望で誰にも愛される若者が一瞬にしてこの世を去った。エンコした車は土砂降りの雨の中でスリップして中央分離帯に乗り上げて止まっていたのだった。土砂降りでなければ車もスリップせず、高速道路の真ん中でエンコすることもなかったろう。

その車がエンコしていなければ、ギャレット・オオグシもそれにぶつかることもなく、また後続の車もこの愛すべき若者を死なすこともなかったろう。警察は現在エンコした車を運転していた女性が警告ランプを点けていなかったとして逮捕した。

後続の車の男女二人も轢き逃げとして逮捕された。思わぬ事故に衝撃を受けた余り、そのまま走り去ったのだろう。しかし罪の意識にさいなまされながら、事故現場近くで震えていたという。どしゃぶりの雨が三台の車の運転手達に全く予期せぬ運命を引き起こした。

私はギャレット・オオグシを知らない。しかしきっと私の知人の知人位は知っている可能性は高い。彼の遺体は検視のためにまだ警察にあり、遺族には引き渡されていない。家族の悲しみはいかばかりだろうか。輝くばかりの命が一瞬にして消える人間の運命を私はまだ受け止めきれずにいる。(終わり)

[鶴亀 彰]

 

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