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鶴亀彰 出版記念の夕べ

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 去る7月24日、鶴亀フレンズ主宰による、“鶴亀彰「海に眠る父を求めて」出版記念の夕べ”が行われました。鶴亀フレンズの母体である246コミュニティは、インターネットを使った新しいビジネスを立ち上げる起業家を支援するコミュニティです。
 会場となった恵比寿ガーデンホールのSGIホール(日本SGI株式会社)には、約130人の来場者が。旅の写真のスクリーンショットと旅の映像が流れる中、呼びかけ人代表、株式会社キャラバンの野口壽一さんのご挨拶で会が始まりました。
 この日のメインイベントは、アイルランドで制作されたドキュメンタリー「The Reconciliation-和解-」の上映(鶴亀さんの解説付き)です。鶴亀さんの父及び伊166乗組員のかたきであるキング艦長は、アイルランドの英雄でもあります。鶴亀さんの訪問によるこの奇跡の出会いを聞きつけた地元放送局が、キング艦長の居城に集った日英蘭3ヶ国3家族3世代の交流を取材して制作されたものです(本文第九章に詳しく描かれております)。スクリーンには、鶴亀さんvsキング艦長、オランダのカチャ・ブーンストラさんvs鶴亀さんのご子息・アンドレさん、鶴亀さんvsカチャさんのご子息・パトリック・ブーンストラさん、キング艦長のご息女・レオニー・フィンさんvsカチャさんvs鶴亀さんの対話、孫世代の対談、全員の和やかな夕食や、平和を祈る植樹の模様など、感動的なシーンが次々と映し出されました。その後、呼びかけ人代表、株式会社インプレジャーの木戸康行さんからご挨拶と花束贈呈があり、会は無事に終了いたしました。
 また、ロサンゼルス駐在時代以来、鶴亀さんと25年以上親交を重ねていらっしゃる、日経CNBC常勤監査役桐山勝さんよりご祝辞をいただきました。お忙しい中駆けつけてくださり、ありがとうございました。松山バレエ団の清水哲太郎さん、森下洋子さんからは立派なお花をいただきました。ありがとうございました。
 その後、鶴亀さんを囲んだ懇親会が開催されました。

 当日の様子は246コミュニティのサイトトップに、詳細なレポートがリンクされております。ぜひご覧ください。
 また、南日本放送さんにご取材いただきました。会の模様と参加者の声が、8月3日(金)1816~1855「MBCニューズナウ」で放送されました。

[学研スタッフ]

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7日間の旅

7月16日から22日までの7日間、佐世保、嬉野温泉、鹿児島、熊本、大阪と旅し、本日また東京へ戻ってきました。外国居住者のために発行されるJR Rail Passをフルに活用し、列車の旅をたっぷり楽しみました。

いつもこの頃の訪日で感じることですが、車窓から覗く水田の緑は目に優しく映ります。瑞穂の国ならではの風景です。心和む稲田や里村の姿を見ながら、静かに思いに耽る時間が飛行機ではない列車の旅の楽しさです。

佐世保では伊166潜水艦戦没者の慰霊を30名ほどの遺族と一緒に行いました。夕刻には嬉野温泉で懇親会が開かれました。父を喪った7人の遺児も集いました。父亡き後の63年の生活を語り合いました。
鹿児島では高校の友人達が集い、生れて初めての私の著書の出版を祝って呉れました。

熊本ではシニアネットのグループの皆さんと再会し、極めて和気藹々とした出版を祝う集いが開かれました。 大阪でも別なシニアネットの皆さんと極めて親しい雰囲気の中での語らいが楽しいでした。

7日間、一日も欠ける事無く、友人・知人が揃い、楽しい会食の夕べを持ちました。連夜美味しい料理や酒が続き、歓談が続き、嬉しいと共に、ちょっぴり疲れ気味です。明日は一日粗食で過ごしたいと思います。(終わり)

[鶴亀 彰]

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伊166慰霊祭於佐世保旧海軍墓地

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▲画面左奥にあるのが佐世保鎮守府潜水艦合同慰霊碑です

 伊166乗組員の命日・7月17日に、佐世保東山海軍墓地(旧海軍墓地・東公園)にて、7人の遺児を含む30人ほどの遺族が集まり、伊166の慰霊祭が執り行われました。2004年に初めての慰霊祭が行われてから、伊166が沈むマラッカ海峡での慰霊祭を含めると、4回目の開催になります。
 佐世保は九州・四国出身者を中心に編成された第三海軍区の鎮守府が置かれた場所で、鹿児島出身である鶴亀彰さんの父・鶴一さんが乗り込んだ伊166も佐世保を母港としていました。佐世保を見渡せる立地のこの墓地には、「佐世保鎮守府潜水艦合同慰霊碑」があり、そこには伊166の名と、伊166乗組員だった戦没者の1人ひとりのお名前が刻まれています。遺体も骨も浮かばずに散ることの多い潜水艦乗組員やその遺族、戦友にとって、ここは存在の証明が出来る貴重な場所です。
 慰霊祭は1200から行われました。ご遺族の代表、若宮利夫さんの司会進行で、会長である鶴亀さんのご挨拶、黙祷、参加者一人一人による献花が為されました。その後、海軍大尉(戦死後少佐に昇進)で水雷長だった小山敏夫さんのご子息、小山誠さんのご挨拶や、遺族会の吉原ゑみ子さんや鶴亀さんのご活動でご家族の最期を知り、初めて参加されたご遺族によるご挨拶、マラッカ海峡協議会による伊号第166潜水艦探索経過報告などがありました。

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▲アイルランドのキング艦長のお城に日英蘭の3家族の3世代が植えた林檎の木に続き、2005年に平和と友情を願ってここ佐世保に植樹された桜の木がすくすくと育っています。ちなみに、2006年にはオランダ海軍基地に梨の木を植えました。

 その後、長崎の新聞、テレビ各社から取材を受けました。
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[学研スタッフ]

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東郷神社に書籍を奉納致しました

東郷神社に書籍を奉納致しました

2007年7月12日、原宿は東郷神社にて「海に眠る父を求めて 日英蘭奇跡の出会い」の奉納式が執り行われました。
東郷神社は日露戦争で活躍した東郷平八郎元帥を祀った神社で、境内には太平洋戦争中に戦没した潜水艦乗組員の慰霊碑「潜水艦殉国碑」がありま す。かねてより、鶴亀彰さんは父・鶴一さんと同じく過酷な状況で海に散った人々にもこの物語を捧げたいと考えていらしたそうです。事情を知った東郷神社の 方々も快諾してくださり、東郷神社の本殿と潜水艦殉国碑への奉納と相成りました。上の写真は本殿での奉納の様子です。

▼神社からいただいた奉納の証書です
奉納の証書

▼潜水艦を象った殉国碑の前にて。
この碑には本物の潜望鏡が使われています(上に伸びた筒がそうです)
潜水艦を象った殉国碑の前にて

▼殉国碑の隣にある「潜水艦有志に捧ぐ」碑の前にて。
機会がございましたら皆さんもぜひ一度、直接文章をご覧になってください
殉国碑の隣にある「潜水艦有志に捧ぐ」碑の前にて

▼終了後、毎日新聞の記者さんからインタビューを受けました
毎日新聞の記者さんからインタビュー

[学研スタッフ]

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ロサンゼルス政党討論会2007

今日はある意味で歴史的なイベントに参加しました。それは初めての海外における政党討論会です。ロサンゼルスの南の郊外の町で、日本からの進出企業の多いトーランスにあるホリディインを会場に行なわれました。

これは海外有権者ネットワークLAが主催したものですが、自民党は猪口邦子衆院議員(東京比例区 自民党幹事長補佐 国際局局長代行)、公明党 は丸谷佳織衆院議員(北海道比例区 公明党国会対策副院長 国際局次長)、民主党は西村ちなみ衆院議員(新潟1区 民主党男女共同参画推進本部事務局次長  広報委員長代理)、そして共産党は笠井亮衆院議員(東京比例区 共産党国際局次長)を送って来ました。

第一部では近く行なわれる参議院選挙に対して各党はどのような争点や課題をもっているかの説明や、日本と世界の将来への展望などが語られまし た。また第二部では会場を一杯に埋めた参加者との質疑応答が行なわれました。司会は毎日新聞論説委員長をこの春に退任した石原進さんでした。

ここでそれらの内容をお話しするのはスペースの関係もあり、止めますが、今日の歴史的イベントに参画し、感じた事が二点あります。一つは14年 前には絶対不可能だと思われた海外在住者の日本国政選挙への参加を見事に実現したボランティア達のねばりとひたむきな努力です。いろんな挫折を味わいなが ら、最後には国を訴え、最高裁での勝利判決を勝ち取りました。「なせばなる、思いは必ず実現する」の格言を目の前にした思いでした。

二番目は今回参加した議員の皆さんはいずれも海外経験があり、国際局担当であると言う事もあるでしょうが、日本国内での視点に加え、客観的な視 点で捉える発言が多かった事です。日本の政治の現状を踏まえながら、より開かれた政治のあり方を模索していらっしゃるように感じました。皆さんが論旨明確 で、しっかりした自分の考えをお持ちでした。私よりは大分若い皆さんですが、日本の政治の将来にちょっぴり希望を持ちました。是非母国のために頑張って欲 しいとエールを送りました。海外に住む私達も出来るだけの支援を行ないたいと思います。

[鶴亀 彰]

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七夕祭

二晩続けてリトル・トーキョーに行きました。いつもはあまり行かないけれど、行きだすと不思議なもので、連日続くことになりました。今夕はホテル・ ニュー・オータニで行なわれた七夕祭参加が目的でした。こちらはまだ7月6日ですが、明日は大きな会議が予定されているとのことで、今年だけは一日早めて の七夕祭でした。

妻に「用心してよ」と注意されながら、私も浴衣姿に足には下駄と言う格好で家を出ました。下駄の歯がブレーキに引っかからないように注意しなが らフリーウェイを走りました。安全のためには靴の方が良いのでしょうが、浴衣に靴では様になりません。ここはすっきり裸足に下駄がベストです。

ホテルの二階に空中庭園があり、池や滝や築山が日本情緒をかもし出しています。そこに舞台を作り、恒例の着物のファッション・ショーが行なわれましたが、それを担当したのが私が会長を努めるLA着物クラブでした。

自分では袴の紐や帯もちゃんと結べない私などは会長になどなる資格はないのですが、ある理由で、昨年、今年と会長を努めています。その理由はま た別の機会にお話しましょう。現在60名ほどの着物好き人間達が会員になっています。年間を通じて色んなプログラムを行なっています。

会の目的は着物を着る喜びや楽しさを日本人、アメリカ人を問わず、広めて行こうとするものです。3分の1位はアメリカ人の会員です。外人さんの 着物姿はともすると様にならない人が多いのですが、さすがにLA着物クラブの皆さんは日本人にも負けない素晴らしさです。わざわざ日本に行って着物を作っ た女性などもいます。着物以外にも茶道や華道、琴や尺八などを勉強している人もいます。

今夕の英語の司会をして呉れたのはエイミー・スタインバーガーさんと言う、まだ二十台後半の女性でした。サウスカロライナ州出身の彼女は日本の アニメに憧れてロサンゼルスに来ました。こちらの芸術大学で専門にイラストなどを学びました。ディズニーや大学からも奨学資金を貰った優秀なイラストレー ターです。現在は出版関係の会社で働いています。

彼女は私よりも背が高い女性ですが、浴衣の着付けもばっちりでした。濃い藍色地に白い花の模様が浮かび、赤い帯が、彼女の金髪と白い肌にとても調和していました。日本人の着付けの専門の先生の日本語の説明を上手に英語で通訳していました。

日本でもしばらく生活した事があり、日本の着物について、生活習慣について、可愛いイラストに英語での説明を付け、日本を知らないアメリカ人に判りやすく説明しています。近くそれらを纏めた絵本がアメリカの出版社から発刊される予定だそうです。

ファッションショーの観衆も半分以上はアメリカ人でした。日本人の奥様と一緒に着物姿のまだ小さい女の子の手を引きながら、浴衣姿に木の下駄を カロコロ言わせながら歩いているアメリカ人男性がいました。彼も浴衣姿で、私が「どうですか、日本の浴衣は?」と聞くと、即座に「I love it. It’s so comfortable!」との返事が返って来ました。ショーが終った後、近くの屋上ビアガーデンで、右手には生ビールのジョッキ、左手には焼き鳥の串を 持つ彼の姿がありました。テーブルの上には枝豆も乗っていました。

まだまだ数的にはそんな多くないですが、日本文化の大切な一つとして、着物に興味を持ち、自分で着てみたり、歴史を勉強したりするアメリカ人も 着実に増えています。エイミー・スタインバーガーさんや枝豆の彼もそのような人たちの代表だと思いました。ところで全く話は変わりますが、「七夕」は比較 的新しい書き方で、本当は昔は「棚機」と書いたそうです。夕食の時に隣り合わせた83歳の日本人の老人に教えられました。

[鶴亀 彰]

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こけこっこ

昨夜はバーベキューを楽しみましたが、今夜は焼き鳥屋に行きました。ロサンゼルスのダウンタウンで働く友人と一緒にリトル・トーキョーで人気のある焼き鳥屋で食べて飲んで、歓談しました。

店の名前が「こけこっこ」です。英語の看板には「Kokekokko」とありました。店主は立教大学の卒業生で、一緒に行った友人も立教大学なので、喜ばせようと、連れて行ったのですが、残念ながら留守でした。

店員さんの話だと、店主は19年ぶりで初めての休暇で、欧州旅行に行っていますとの事でした。渡米し、異郷の地での商売を成功させるために長期の休みは取らずに、一生懸命働いて来たに違いありません。

店も軌道に乗り、やっと長期休暇が取れるようになったのでしょう。私達は午後6時半から9時近くまでいたのですが、全ての席は満員で、入り口には立ちながら、空席を待つ人の姿が絶えませんでした。

お客さんは日本人か日系人半分、そして残りはアメリカ人です。皆美味しそうに食べていました。ちょっと面白かったのはビールを飲んでいるのは日本人で、酒を飲んでいるのはアメリカ人と分かれていました。

以前は日本食と言えば、スキヤキ・テンプラ・サシミ・スシだけしか知らなかったアメリカ人も、最近ではヤキトリも大いに楽しむようになりました。これからも「こけこっこ」は繁盛しそうです。

[鶴亀 彰]

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41回目の独立記念祭

7月4日はアメリカの独立記念日です。1966年に2年間の駐在命令で渡米しましたが、人生は判らないもの、今日が41回目の独立記念祭となりました。

ここ十数年、我が家では親しい友人・知人と裏庭でバーベキュー・パーティを行なうのが恒例です。しかし昨年はオランダ海軍の潜水艦部隊創立100周年行事に招待されたため、バーベキューはお休みでした。

2年ぶりとあって、友人・知人も懐かしそうに集って呉れました。と言うのは我が家のバーベキューは夕食の後、日が暮れると全員が二階建ての屋根に上り、町々で上げられる花火を鑑賞するのです。

小高い丘の中腹にある我が家は暑い夏でも涼風が吹き、二階の屋根からだと見晴らしも良く、180度位の広さでアナハイムのデズニーランドからハリウッド、サンタモニカの花火までが見渡せます。

アメリカの独立記念祭は花火がないと盛り上がりません。全米中で花火大会が行なわれます。そして家々ではバーベキューが定番です。この日は消防署が一番忙しい日です。引火して火事が発生するからです。

幸いに我が家は火事を起こすこともなく、極めて安全に和気藹々と楽しみました。腹と目に十分なご馳走を与えた後には、10歳になる女の子、ユーチャンがバイオリンを演奏して呉れ、耳にもご馳走でした。

独立祭に歌われる歌とバッハのラルゴと言う曲を弾いて呉れました。子供達も大人達もその上手な演奏に拍手喝さいでした。ユーチャンは6歳からバイオリンを習い始め、練習は大変だけど、大好きだそうです。
(終わり)

[鶴亀 彰]

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カリフォルニアの気候

カリフォルニアの気候は実に快適です。 特に南の方は年間300日近くも晴天です。 天気が良いだけに、人間も心配性の人よりもノーテンキな人が多いようです。 良く言えば楽観的、悪く言えばちょっとだらしないかな?

シアトルに学生時代の親友一家が住んでいますが、我が家ののんびりに比べれば、親も子も向こうの方がかなり真面目で頑張り屋です。 シアトルは曇り空の日が多く、雨も多いです。 その気候のせいか、高齢者の自殺の数も米国一なんだそうです。

南カリフォルニアの今日も晴れ、明日も晴れと言う気候だと、たとえ懐にお金がなくても、まー何とかなるわという感じになるのですが、今日も曇り、明日は雨というシアトルでは、人間は内省的になり、まさかの時の備えての準備も怠らない、手堅い生き方になるようです。

私達人間はかなり自然や地理的環境に影響を受けます。 日本人の美の感性の高さなども四季折々の自然と共生して生きた来た長い歴史と伝統に磨かれ、育てられて来たのに違いありません。

その点では日本の梅雨のうっとおしさなども、文句を言うだけでなく、静かに味わうべきなのかも知れません。 今日も晴れ上がったカリフォルニアの空の下で、日本の雨に濡れる紫陽花の美しさを偲んでいます。

[鶴亀 彰]

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